アメリカに行く便では映画を見るより寝たほうが良いです

米国に行きたいのであれば少なくとも3年間程度の計画を考えて実行にうつす必要があります

病気にならないことが大事」と言う。ハワイは病気になると治療費が高いようだ。コンドミニアムの廊下を隔てた前の部屋は今日から住人が変わって、米国本土から来たおばあさん、その子ども夫婦と孫の四人に入れ替わった。
右隣りの部屋の住人もやはり米国人夫妻で旦那は既に引退している。
時々顔を合わせると会釈をする間柄である。今回、残念なのはワイキキから映画館が消えたことだ。ワイキキで映画を見る人は少ないのであろうか。それから昼食などで利用していたシズハワイに来て、ラー·ステーキ·ハウスが閉店休業になっていたことだ。
ハワイ島

オアフ島を飛び立って機内サービスのコーヒーを一杯飲んでいたらもうハワイ島ヒロに到

飛行機の窓から眼下に見えるなだらかで大きな茶色の山は火星の様だ。
着した。殆どハワイ島·日帰りオプショナル·ツアー190ドル/人に参加した。
ツアー·メンバーはホノルル·マラソンが目的でハワイに来た日本人が多かった。
若者たちだが中高年齢者も混ざっている。マラソンが目的なのは当然としても、マラソンを口実にハワイ旅行をするというチャッカリ組みもあるようだ。
ハワイにあるいはわざわざ米国本土を経由して来た人など、来る飛行機は満杯で、チャーター便で来た人、ヒロ経由でオアフに来た人、飛行機は大変混み合っていたとの:とだ。
日本人の行くところ、何もかも忙しく混雑すると言えば言い過ぎか。
マウナケア山頂標高4.200mの白い天文台が何処からでも見えていた。
ヒロの街を通過し、キラウエア火山の火口に行った。火ハワイ島は一日中晴れ渡り、ヒロの伝説HILOLEGENDSの中は荒涼として映画で見た火星表面のようだった。
数ヶ所で白煙が立ち昇っている。95ドルだという本をヒロ空港で買った。マウナロアは富士山の百倍の容積があるそうだ。ハワイ島の雄大な景色に脱帽である。
ハワイアン·スピリットとは謙遜である「質素な生活を大切にすること」ジョーイカルロが述べている。
こと、とハワイ伝説のサーファー、
オンタリオ州隣の

火の女神ペレの伝説

遥か彼方の大昔、ペレは大きな地震を起こして太平洋の海底から溶岩を持ちしげるなどの強大な力を持って南太平洋のカヒキに火の女神ペレが住んでいました。
いました。その力を使って思うがままに陸地を作ることができました。ペレは永く自分の故郷の土地で暮らしていましたが退屈したのである日、兄弟姉妹をお供に北に向かって冒険の旅に出発しました。
ペレは自分の家を此処に作ることを決心しました。現在のハワイ諸島のある海域まで来た時、最初にペレはカウアイ島を作りワイアレア泡立つ水と呼ぶ山に住みました。
その間に幾つかの小さな島々も作りました。その内の一つがニイハウ島です。次に彼女は南東に移動してオアフ島を作りました。この島に彼女は長く住みましたが、その間に島のあちこちを見て廻り新しい山を幾つか作りました。
長い時間をかけて今度はマウイ島を作りました。マウイ島の巨大な山の頂上に火口を作り、しかし、ペレは満足していませんでした。
南東の方向に移動しながら、其処で太陽が永久に彼女の傍に住めるようにしました。
その山はハレアカラ太陽の家と呼ばれています。

日本人のツアーに参加したいかまずは

  • ハワイのホテルで洗濯機がない場合には
  • ハワイのレンタカーは毎日必要なわけではありません
  • ハワイ旅行に一度行けば自分が撮影するペースも分かるでしょうが


米国に気持ちを切り替えるためにも


ハワイのホテルのバーやレストランでは外国人向けに飲めることもありますが

現在、ペレは岩や溶岩流を海に投げ込んで遊んでいましたがこの時、ラナイ、カフラウエです。
彼女はま暫くの間はペレも満足でした。出来たのがモロカイ、しかし、だライフワークと言える傑作を作っていないことに気がついていました。
兄弟姉妹を呼び集めてペレはもっと高い山を持つもっと大きな島を作り、それを逐の住処にしたいと話しました。
こうしてペレ一族はマウイ島を離れ、ハワイ島の作成に取り掛かりました。最初にコハラ山を作り、続いて世界一高いマウナケアを作り誇りとしました。
さらに、その上にフアラライとマウナロアそして最後にキラウエアを作りました。
ペレの好きな花はレフアという赤い花でした。この花は火口周囲の岩石の間、溶岩流の上に最も良く咲きました。ペレはこの赤く輝く花を特別に大切にし、ペレ誰かこの花をもぎ取る様な不届き者が居れば、彼らを罰する為に大雨を降らせました。
の守り神も同様にこの花を大事にしました。伝説によればペレにはお気に入りの家が一つあります。一つはマウナロアの山頂にあるモクアウェオウェオで、さて、もう一つはキラウエアの火口にあるハレマウマウです伝説によればペレは時々、醜い老婆の姿に身を変えて海岸をさ迷い歩き、人々に食べ物と休む場所を乞うと伝えられています。
更に、もしも人々がこれを拒むとしかし善良で親切な応対をした人に対しては、その人を祝福し多くの食べ物や幸福や長寿を与えると言い伝えられて溶岩流を流し、家や庭を破壊してしまいます。
います。ペレは兄弟姉妹を深く愛し、彼女は皆に各々の家を作ってあげる約束をしたことを忘れたことはありませんでした。
いつも親切なお姉さんでした。
価格は200ドル中古自転車を探すのであれば

現地のレンタカー·

それでペレはブナの海岸からキラウエアのハレマウマウの間に幾つかのクレーターを作り、そのクレーター一つ一つに兄弟姉妹の家を作ってやりました。
今日、このクレータペレ家のクレーターと呼ばれ、クレーターの一つ一つに兄弟姉妹の名前が付けられています。
群はペレは現在も生きていてさらにもっと大きな島を作り続けていると信じています。
ブナやキラウエアやマウナロアの山頂に赤い光ハワイ島に住む多くの人々は、が輝き、地底から溶岩流が吹出し、クレーターに流れ込むのを見て人々はペレがまたやっていると言います。
しかし、これはペレを恐れるというよりも称賛する気持ちの方が強いのです。
ペレは街を守るために新月の形をした湾を作って、火と燃え盛る溶岩流が街に流れ込むのを防いでいてくれていると人々は信じていまヒロの伝説の中の一節を抜粋したものである。
以上は昨日購入した本、

JALホノルル·マラソン

今日はホノルル·マラソンの日だ。
レースデーウォーク同じスタートライン私たち夫婦はに参加して10kmを歩いた。
マラソン組みが出発した後、アラモアナ約2.3時間でゴールのカピオラニ公園まで歩くのだ。
ウォークにも沿道に多くのボランティアが出て声かけや飲から歩き始め、高齢者が多いこのみ物サービスの応援がある。


アラモアナ·ショッピングセンターからも距離があるので

ワイキキ·バニアンを滞在

コースはアラモアナSC山側から出発してワード地区を経由、ダウンタウンを通ってカラカウア大通りに戻ってカピオラニ公園でゴールとなる。
朝5時は未だ真っ暗状態でコース沿いの家々のクリスマス·イルミネーションが美しく輝いていた。

ホノルル·マラソンの成績-日本人高齢者は強い

参加者=22.昨日のホノルル·マラソンの成績が新聞に掲載された。
登録者=25.283人、495人、完走者=22.121人である。
完走者率983%男子1位はケニア出身の30歳。2時間12分59秒。女子1位は22歳日本人。2時間31分57秒。首位は日本人。上位1このデータから年齢別成績65歳-69九歳、男子5名の内、実に13名が日本人だった。
他の2名はドイツ人とスイス人であった。日本の高齢者は特別に元気だと言える。見ると、米国の65歳以上が1名も入っていないということはどうしたことであろうか。60歳を過ぎるともうマラソンはやらないのだろうか。首位はカナダ人。上位15名中、年齢別成績65歳-69歳、女子11名が日本人だった。
85歳から89歳で完走したのは2人だけだった。2人とも日本人である。今日はホノルル·マラソンで貰ったシャツを着て足を引きずって歩く人々がカラカウア通りに溢れていた。

Hawaii誌も


研修プログラムは1970年代に

帰国

東京に戻った。ハワイではシャツと半パン一つでも眠れたけれども、東京は寒くて電気毛布が必要だった。
ハワイの気候の良さはハワイに居ると当たり前だが、東京に戻ってみると改めてまたハワイの気候が懐かしい。
長く滞在すると異邦人になる日本に帰ってから奇妙に感じたのは日本の敬語·丁寧語のことである。
テレビではアナウンサーが、ホームドラマでは登場人物たちが多用するあの丁寧語、謙譲語、敬語などが何か持って回ったような、ただ冗長な無意味な言葉に聞こえるのである。
ところが今、以前はその様なことは無かった。むしろ正しく敬語を使うことは大切なことと考えていた。この敬語のたぐいは疎ましいと感じてしまう。これは内向きで複雑な人間関係の中で生きている窮屈な日本社会の象徴のように思えてしまうのだ。
押し並べてYOU自分のことはME」とか「1英語では相手が大統領であろうと、平凡な一人の老人であろうと、であり、である。
丁寧な言い回しというものはあるがそれは二つ、三つあるだけである。
自分を遜った言い方は無数と言って良いほどある。常に相手との上下関係に意を用いながら生日本には丁寧なもの言い,奥行きの深い微妙な言い回しも出来る。
ただの人間として一対一で対等につき合いたいではきているのが日本社会だ。
このことを単純に喜んで良いのであろうか。あなたと私の間に爽やかな風が吹いて、サラッとした人間関係にも捨てがたいものがある。
ないか。丁寧語に違和感を覚えていない自分を発見したが、さりとて驚きもしなかった。
だが,週間も経つと、最早敬語·35日間ロングステイの総費用35日間の夫婦二人のワイキキ滞在総費用は、5.093ドルだった。
日本円に換算すると凡そ570.当時の為替レート
内訳はコンドミニアム2.480ドル000円光熱費·水道·市内電話料金を含む、航空券二枚1.340ドル、日本航空、その他は生活必需品である。