現地のホテルを利用する場合にも宿泊費が割安になることがあります

Hawaiiで中古マウンテンバイクを買って

華やかな衣装と、明るくテンポの良い音楽は否が応でも、星条旗が前を通ると年輩者の中には起立·敬礼をして祖国への忠誠を誓っている人々も見られた。
パレードは午後8時過ぎに終わった。その後はビーチで上映されていた無料の映画を見てコンドに帰った。

MOBYDICK

ワイケレ·アウトレットに行った。
ワイキキから42番バスでワイパフ·トランジット·センターに行き所要時間は1時間30分、ここで433番のバス乗り換えてワイケレに行く所要時間は10分
私はBORDERSという書店でポケット版7ドルを買った。
これでポケット版辞書の購入は3冊目となこんどの旅ではポケット版辞書ばかりを買いたくなるのが自分でも不思議である。
辞書を見ていると不思議に気持ちが落ち着くのだ。辞書はこの世の混沌る。を多少なりとも整理してくれるからか。それからメルヴィルの「MOBYDICK白鯨」ドル95セントで買った。
を1ビーチで泳ぐ合間に読む本が何か必要と思ったのだが、しかし実際はビーチに1持参したけれども殆ど読まずじまいであった。
この小説の切り出しの部分が私は好きだ。(私の名はイッシュメル。数年前-何年前かと詳しいことは訊かないでもらいたいー財布が空っぽになり、陸の上で私の興味を惹くものもほとんど無くなっ少しばかり航海に出て、てしまった。
それで、地球上の水で覆われている部分を見たくなった。)ボランティア活動

今日は一日中曇天で、

ぐずついた天候であった。
午後になってアラモアナSCに行った。ホノルルYMCAによるフラダンス·ショ時どきシャワーが来た。が午後2時からセンター·ステージで開催されるので、それを見る為である。
夫は元公務員で海外勤務も長かったそうだショーを待っている間に、昨日東京から来たという日本人老夫婦と会話した。
夫は84歳、妻は70歳後半である。が今は、数年前の病気発作で車椅子の生活で言葉も不自由だった。
価格は200ドル中古自転車を探すのであれば

奥様は慌て事情の分からないこの地で急いでトイレを探さねばならなくなった。
雑談などしている間に、夫が突然尿意を催した。私は直ぐ近くのメイシー百貨店のトイレの場所をしっていたので、車椅子を押しながら彼をトイレに案内した。
奥様は男性トイレには入れないので用を足すのが終るまで私が付き添った。
今日は俄仕立てのボランティア活動を行なったことになる。一緒にこのアラモアナSCに来たとのことだが、買物で忙しく親の側には居なかった老夫妻の息子たちは、のであるスコール

今日は日中、

この3日間は極めて天気が良くない。
激しいスコールがあった。バケツをひっくり返した様な降り方で、靴を脱いで裸足でカラカウア通りを歩く雨の降り方が尋常ではない。
道路は·瞬の内に雨水が溢れて川のようになる。慌てることは無いのである。30分も待てば雨は必ず止む。人もいたが流れる水が踝まで達していた。だが、今日はホエール·ウォッチングWhaleWatchingツアーの相談にカラカウア大通りの旅行社に行った。
そろそろオアフ島沖でも鯨が見え始めたとのことでぁる毎日の暮らし

ワイキキ·コミュニティ·センター202教室のヨガ·レッスンに参加した。

インストラクターは前回と同じヒゲの老人で、生徒は彼を囲んで生徒は10人。
輪になってゴザの上に座る。

ハワイ旅行傷害保険に必ず加入しましょう

  • ハワイはカード社会
  • 米国にセカンドハウスを持っているという立場は
  • ハワイはみんなパーティ好きなので


海外のホテルがあると思います


オアフ島の中央に位置しており

ゴザはABCストアにて1私の正面に座っているのは60歳代のアメリカ人夫婦だった。
ドルで売っているものだ。奥さんの方はしっかりとヨガの動作が出来ているのだが、旦那の方はおっかなビックリの表情で真剣だけれども動きはぎこちない。
どうやら奥さんが強引に連れて来たのであろう。私の隣の女性はカナダから来たとのこと、退職後4年になるそうだ。
このハワイには3ヶ月滞在と聞いた。ヨガは日常生活では有り得ない姿勢をするので血液の循環が良くって、終った後は爽快な気分となる。
ハワイに来てから私は夕食前にマイタイ酒を飲む。ラナイベランダでワイキキのサンセットを眺めながら飲むと気分が良い。
「フード·近所の食料雑貨店パントリーFOODPANTRY」ドルを適当に調合して飲む。
でマイタイとラム酒HANABAYRUMを買い込んで両方で11買物はアラモアナSCか、ダイエーにバスで行く。
買いたい物は殆ど何でも揃う。値段も高くはない。牛肉はコスコCOSTCOで買ったが、冷凍庫に入れておそれを小分けして使うと1カ月使ってもまだ余りそうだ。
コスコでは肉を含めて各種いろいろなものを買ったのだが200ドルは超えなかった。
魚はチャイいて、ナ·タウンで買い、野菜は火曜と金曜日に開かれる朝市で買う。
朝は6時過ぎに起きて、カピオラニ公園の散歩が日課だ。凡そ1時間かかる。この時間帯は走っている人、体操をしている人、芝生の上でグループ·ミーティングをやっている人々など様々である。
散歩からバニアンに戻る途中、街角に新聞売り40歳代後半の男性彼から新眼が合うと軽く挨拶をする。
が立っていて、新聞はホノルル·アドバタイザーHonoluluAdvertiserだ。
妻はアラモアナSCなどの特売割引ニュースなどを見る。新聞は1部50セント、聞を買う。日曜版はドル75五セントである。
ハワイ旅行をしたいというのであれば

オアフ島のどのバス停にも行くことが出来ます

散歩から帰るとワイキキのキラキラ輝く朝の海で、もうサーフィンに興じている色とりどりの姿を眺めながらラナイで朝食を摂る。
1

真珠湾攻撃

今朝の新聞はハワイ島のマウナケアが昨日の降雪で山頂が冠雪したことを伝え「ホワイト·クリスマスの準備が整った」と写真付きで報道した。
「運命の日を直接聞く生徒たち」日本の真珠湾攻撃を体験した兵士の体験談を全米の高校生に聞かせるプロジェクトが進んでいる事がこの記事と並んで、と題し、報じられていた。
現在90歳になるビル·コープの談話が掲載された。結婚してまだ10日、新婚のビルとルースは1941年12月7日の日曜日、ベッドの中で静かに新聞を読んでいた。
すると、突然、飛行機の爆音と爆発音が聞こえてきた。アパートの2階だったので、港を見下ろすことができた。この間中、大きな爆発音が絶えず聞こえていた。今日も海軍は演習をしているようだと私ビルはルースに言った。
見下ろすと真珠湾の全艦隊が炎上しているのが見えたが、誰が、何を、何の理由でそうなっているのか皆目分からなかった。
その内、敵機が上空にやって来た。見上げると飛行機の胴体に朝日のマークが見えた。それで日本軍の攻撃であることが分った。真珠湾生き残りの人の数は年々減っているので、その体験談をビデオ化して全米の高校生に視聴させておこうというプロジェクトが始まったと新聞は報じている。


ホノルル国際空港の入力です

ビーチのコンドミニアムといった施設でなくても

日本の真珠湾攻撃を歴史の中に風化させてはならないと言う主旨だ。
記事は次のインタビューによって締めくくられていた。記者はフーバー高校オアフ島内高校の生徒に次の質問をしている。
『結局、12月7日1941年と9月11日2001年を比べてどう思うか?』質問された高校生は次の様に答えた。『両方とも予想もしていなかった突然の不意打ちであり、驚かされた事には変わりない。
しかし、1941年の場合は敵が誰であるかは分かっていた。9月11日の場合はテロリストだと分かっていても、敵は何処の国から来たのか分からないと言うことだ』午後、またアラワイ·ゴルフ·クラブに行った。パートナーはベイリー10代後半の少年とアーツという40歳代の男性で9ホールを一緒に回った。ベイリはプロを目指しているらしくショットが的確だった。殆ど2オンでパー·ベースのプレーができていた。ドライバー、セカンド·ショットは共に確実だがパターが苦手の様だった。
ベイリーの両親は控え室で息子のプレーを見守っていた。「ハナウマ湾シュノーけリング」

現地ツアー会社を利用してハナウマ湾のシュノーケリングに行った。

ハナウマ湾に個人で行く場合は、バスの22番か58番に乗る。
料金は8ドル。とこその上混んでいる。58番は空いてはいるがバスを降りた後、少し歩かねばならない。
ハワイのツアーもあります


ハワイの運送会社は日本人観光客のお土産品を輸送する業務を主に行っているのですが

ツアー代金の8ろが22番は本数が少なく1時間に1本くらい、ドルには送迎とシュノーケルとゴザのレンタル料が含まれているので個人で行くよりもツアーの方が割安になる。
ハナウマ湾は以前に比べ魚の数が減ったのではないかと感じた。ハナウマ湾何しろ魚よりも観光客の方が多いのではないかと思いたいくらい混んでいる。
は三万年前に火山噴火口跡に海水が流れ込んでできたものである。夕方、アラモアナSCに行って.T.SエリオットT.S.Eliotの「詩集SelectedPoems」を9ドルで買った。エリオットは謹厳実直な銀行マン、真面彼の詩は人間の置かれている危機的状況を鋭く描写していると言われる。
「聖灰水曜日(ASH-目に銀行に勤めながら詩を書いた。購入した本の中に節であるが、私の今の心境に近い。WEDNESDAY)」の詩がある。